■マコの傷跡■

■マコの傷跡■

chapter 58




~ chapter 58 “思春期” ~

彼女の主治医と話をしてから私は 思春期と、その頃の親子の関係を考えていた。
思春期、というと親に変に突っかかって行ったり、やたら荒れているイメージがある。
私に思春期はあったんだろうか。訳もなく親にあたったりした事があっただろうか…。
考えると私が思春期であった時期の親は、全くゆとりがなかった。
私との関係どころか夫婦間もぐちゃぐちゃだった。家はとても落ち着ける場所じゃなかった。
それだから私もまた、思春期を上手く抜け出せなかった1人なのだろう。
それをだいぶ後になって、母や父との溝を埋めてきた。
ようやく私が悪いのではなかったと思えるようになった。

思春期を上手く抜けられないと、人の顔色をいつも伺っているような、
自分に自信のない、自己アイデンティティのない人に育つ。

思春期の頃、親に突っかかったり暴れたりするのは、きっと確認をしてるのだと思う。
自分で自分自身を創っていく、育てていく時期に差し掛かった時、
親との関係が強靭な物であれば安心して歩いていけるから。
どんなに荒れても親は自分を見捨てなかった、と感じて初めて
自分の思う通りの自分を創る事が出来るんじゃないだろうか。
“どんな私になっても親は私を拒否しない。この家にはいつでも戻ってこれる。”
そういう安心感があってようやく“では自分はどんな人になりたいのか?どういう人になろうか?”
そういう考えに及ぶんじゃないかと思う。

彼女がうちに住んでから、彼女の親から連絡をもらった事はなかった。
彼女とは直接連絡を取り合っていただろうけれど、
自殺未遂をした娘が友達の家に住んでいるのに親として気にはならないんだろうか。
「どうしてますか、どんな感じですか」と、そばに居る人に聞いてみたくはならないのだろうか。
1度、彼女の両親からお歳暮を贈って頂いたのでお礼の電話をかけたが
その時、彼女の母親にこう言われた。「マコさんの家に居ればこちらも安心していられます。
娘も色々苦しんではいるようですが、もう大人だし自分で強くなってもらわないと…」
「そうですね…」そう返事を返したけれど私は不満だった。
どうして他人に預けて安心なんかしていられるんだろう。
2度も自殺未遂をしてる娘なのに、どうしてもっと心配にならないのだろう。
親なのに、自分の娘なのに、どうして諦めてしまっているんだろう。
どんな事をしてでも、自分がなんとかしてやるんだと思ったりはしないのだろうか。
“お歳暮なんて”と思った。形なんかどうでもいい。
娘が私の家で肩身の狭い思いをしない様にとの親なりの気持ちなのかもしれないけれど、
彼女に必要なのは、きっとそんな事じゃない。
世間的にどう思われたっていいから娘をなんとかしたいと願う、
そういう力強い想いが今の彼女には1番必要なんじゃないかと思った。

私はなんだかとても悔しかった。


◆chapter 58について(日記) へ


◆chapter 59 へ


© Rakuten Group, Inc.